ホーム > その他 > 利根川公園の(ボロ電)

利根川公園の(ボロ電)

親から昔のボロ電の話を聞き増穂町の(利根川公園)に行き写真を撮ってきました。

運行が始まったのは 昭和5年6月に大井-荊沢間、8月6日に荊沢-青柳間、9月18日に貢川-上石田間が開通し、路線は上石田-青柳間となったものの、市内線には通じず、富士川架橋も困難で鰍沢延長もならぬまま「頭と尻尾のない電車」であったと表現されている。その後大型バスの登場や路線網拡大によって電車は次第に追いつめられていく。昭和25年9月より旅客・手荷物の国鉄連絡運輸業務開始などの努力もなされたが思うにまかせず、昭和34年に至って8月の7号台風、9月の15号台風のために大きな被害を受けてしまう。後に復旧はしたものの、廃止は避けられぬ情勢となった。
 甲府市内の線路は都市計画道路網などともからみ、平和通りなどの線路は県民会館前へ路線を移設したが、錦・相生・泉・寿町に至る部分は道幅も狭く、自動車交通量も多いこともあって軌道の廃止・撤去が要請された。昭和36年10月8日ついに電車路線廃止が申請され、翌37年5月26日付で許可となった。
昭和37年6月30日をもって山交電車は廃止となり、32年間苦難続きであったその歴史を閉じました。
「ボロ電」の当時の方の話では 電車でなく社屋や駅舎が古かった 為このような名が付けられたと伝えられている。

もちろん今は走ってはいません。

ホーム > その他 > 利根川公園の(ボロ電)

農園からの新着情報
カレンダー
« 2010 年 12月 »
M T W T F S S
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    
南アルプス市の天気予報
携帯ホームページ
リンク
  • いちご園 みない
  • やまなみの湯
  • ゆうパック
  • ベルフォーレワイナリー

ページの上部に戻る